トップ > 組織案内 > 観光文化・スポーツ部 > 山梨県埋蔵文化財センター > 埋蔵文化財センター_遺跡トピックス一覧 > 埋蔵文化財センター_遺跡トピックスNo.0381塩部遺跡
ページID:56178更新日:2026年10月1日
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甲府市の遺跡(甲府城関連・曽根丘陵公園を除く)
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【写真1】水田に垂直にささったM-69焼夷弾
【写真2】E-46集束焼夷弾の弾頭 塩部遺跡は、山梨県甲府市塩部にあります。この遺跡は、県立甲府工業高等学校のグラウンド部分の調査で発見されたものです。塩部遺跡は方形周溝墓が立地する微高地、平安時代の住居群が立地する微高地、後背湿地、相川の旧河通からなる複雑で起伏に富んだ地形で、長さ5センチを測る翡翠製(ひすいせい)の勾玉、装飾器台形土器、小型壺形土器、最古の馬歯など多くの遺物が出土しています。また、平安時代以前の遺物だけではなく、上記の写真のような太平洋戦争の末期に米軍の空襲で投下された焼夷弾も発見されています。
所在地:山梨県甲府市塩部 時代:弥生時代・古墳時代・奈良時代・平安時代・近代 報告書:山梨県埋蔵文化財センター調査報告書第123集1996(平成8)年刊行 調査機関:山梨県教育委員会・山梨県埋蔵文化財センター 塩部遺跡の焼夷弾から見た甲府空襲塩部遺跡から出土した甲府空襲に関連する遺物は、焼夷弾38点、弾頭〔M69焼夷弾(しょういだん)を束ねたE69集束焼夷弾(しゅうそくしょういだん)の頭の錘〕3点で、微高地では発見が少なく、後背湿地、旧河道から多く発見されました。これは、微高地の地盤が比較的固かったため、地中に深く突き刺さらず、空襲後まもなく除去されたためではないかと推測されています。焼夷弾の中には、地中深く埋没していたため保存状態がよく、表面の濃緑色の塗装がはっきりわかる状態のものもありました。
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